NO224「アメフト」

アメリカンフットボール、日本名は米式蹴球。私が高校三年間、正確には三年生の九月までの二年半、ほとばしる青春をささげたスポーツがこれだ。残念ながら卒業以来、アメフトはやっていないし、見ることもまれだ。神奈川県下の某高校に入学した私は、格闘技系の部活をやるつもりだったが、不幸なことに母校にはそれがない。そこで一番格闘技っぽいアメフトをチョイスしたわけ。あまりにも単純、短絡。今思えば、どこかの空手道場にでも通えばよかった。
アメフト部があるのは県下に十六校しかなく、人数も少なくなりつつあったので、我々の下の代は関東大会に出ることが出来た。県で三位になれば出られる。
他校では百人からの部員がいて、オフェンス、ディフェンス、キックオフのオフェンス、ディフェンスと全員がメンバーの違うチームで行なったりしているが、私などは人手不足で全部出っぱなし。冬でも汗だらだら。 試合だと二時間走りっぱなしで、練習よりもキツイ。さらに敵と毎回相撲を取るわけで、もうへとへとである。
マネージャーの女(渾名がちくわ)が熱射病で倒れるようなグランドを、防具を全身につけて走り回っているのだから、どうかしている。
夏休みは前半半分が休み、後半が毎日練習で、最後には山中湖で合宿をする。一年の夏休み前半はアルバイトで稼いだが、九月に疲労で動けなくなった。二年生からは飯が食えなくても牛乳を毎日二リットル飲んで頑張った。
春休みには学校の体育館に泊るという合宿もあった。たぶん、一回だけのはずだ。四月なのに雪が降り、大変だった思い出がある。不思議と寒かったイメージはない。
ほとんど地獄の毎日だったが、これを思い出すと何でも出来そうな気がしてくる。実際肉体的にも辛いが、それを押さえるのは精神なわけで、かなり鍛えられたのは事実だ。もっとも、それも二十代前半までで、今ではこの頃のガッツをすっかり忘れてしまった。結局はウェイトトレーニングやムエタイなど、個人種目で自分のペースで完全にコントロールできるものがいいことが分かったのもある。
体育の授業で三千メートル走がある数週間前から、十二分間走というのをさせられる。クソ暑いさなか、練習の前に十二分も走るわけ。しかも、防具なしとはいえアメフト装備で、だ。これのお陰で一一分二六秒の記録を出している。二回やらねばならないうちの二回目が病欠だったため、補習という形で行なった。これが調子がよく、このタイムを出したわけ。公式記録では校内百位だが、それは十二分越えのタイムでの話。実際は三〇位くらい。
最初に、アメフト装備が十二万円したので、親には申し訳ないことをしたと思っている。もちろん、それ以後も金は掛かっていたわけだし。まあ、三年間みっちり続けたので、いいか。途中で挫折するのは勘弁でしょう。
高校の三年間は、砂埃の中で走り回るので顔が汚れ、にきびが凄まじかった。現役中はクレアラシルなどのクリームで常にケアしていたが、何をしても無駄だった。引退後にクレアラシルソープで顔を洗っていたら、すっかり治ってしまった。ホルモンだけじゃないのね、やっぱ。
初稿二〇〇八年六月一一日


エッセイTOP初心者が筋肉をつけるウエイトトレーニングTOP