ピルケースくんは、自分の体を揺すってご主人さまの手から離れ、口元へ近づこうとする。
ジタバタしながら、なんとかたどり着いたが、それから先は、どうにもならず。
結局、お薬を飲ませることまではできない。
とにかく、できることをやるしかない。
「ご主人さま、しっかりして!」
一所懸命に励まし続けた。

しばらくして、お母さんの手を引いて男の子が戻って来た。
それから辺りは、救急車を呼んだりと慌しくなった。
「ぼくの中に、お薬が入っているから飲ませてあげて!」
ピルケースくんの声は届かないまま、誰かに取り上げられた。
「肝心なときに、役に立たないぼくって・・・」
悔しさに涙がこぼれてきた。

その後、ポツンと仏壇に置かれたピルケースくん。
すっかり落ち込んで、ただ黙って日々を過ごす。
銀製の体はくすんで、すっかり黒ずんでしまった。

ある日、おばあちゃんは、ピルケースくんを手に取りしばらく眺める。
「今日聞いたのだけれど、倒れたおじいさんの手から口元に向かって、あなたを引きずったような跡がついていたって」
おばあちゃんは、ピルケースくんに話しかける。
「うん。がんばったんだけれど・・・ごめんね。おばあちゃん」
もちろん、返事をするピルケースくんの声は、おばあちゃんには聞こえない。
「誰かが引きずるわけもないし、不思議なことがあるものね」
首をかしげるおばあちゃん。
「エヘッ、自分で動くピルケースなんてないもんね」
ぎこちない笑顔で答えるピルケースくん。
おばあちゃんの独り言に返事を続けるピルケースくん。

「あなたが自分で動けるはずもないし」
おばあちゃんは語りかけながら、やさしくピルケースくんを磨き始めると、ぽつりと言った。
「ありがとう」
おばあちゃんとピルケースくんは、泣いた。

その日から、おばあちゃんはピルケースくんに飴玉を入れて持ち歩くようになった。
ピルケースくんは、空を見上げてご主人さまに報告。
「ぼくは、おばあちゃんを助けて精一杯生きてみるよ」

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