第一章 「胸、肩、そして上腕三頭筋」1−2
「ありがとう」
私は二つの鍵を手にし、男子ロッカーに踵を返した。革靴の底が、場違いにカツコツと音を立てる。ジムの天井から降り注ぐバックミュージックは毎年、耳にタコが出来るほど聞かされる、ワムのラストクリスマスだった。
冷え切った手足を伸ばしながら、急いで着替えを済ませる。昼間はボクサーパンツを履いているが、トレーニングするときはブリーフに履き替える。このきゅっと引き締まる感覚を私は好んでいる。
今日は赤と灰色、それに黒のストライプの入ったトレーニングパンツを履く。胸のトレーニングを行う日は「これ」と、私は決めていた。同じような柄のパンツを履いている人間は皆無なので少々目立つが、私はこれをひどく気に入っている。このパンツを履くだけで心の中のスイッチが切り替わるようだ。
足早にロッカールームを後にし、ジムのトレーニングゾーンへと向かう。奥にあるスタジオでは既にエアロビクラスが始まっている。まだ時間が早いせいか、参加者は少ない。あるいは人気のないクラスなのかもしれないし、人気のないインストラクターなのかもしれない。私は最近、エアロビクラスには出ていないので、そちらの情報にはどうしても疎くなる。
壁に掛かった時計を見ると、まだ午後六時半を回ったばかりだ。点けっぱなしのテレビからは、ニュース番組の繋ぎと思われる、ほのぼのとした話題が流れていた。
全体的にジムは空いていた。
いつもは満杯のはずのトレッドミルも、ひとつふたつ空きがあるようだ。毎年この時期は会員が少なくなる。春から夏にかけて会員が急増するが、寒くなり出すと徐々に減っていく。知らない顔が増えたと思う間もなく消えて行き、結局残るのはいつもお馴染みさんばかりだ。年末になれば飲みに行く機会も多くなるので、空き気味になるのは当たり前だろう。
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